先週「世界を変えるデザイン展 vol.2」に行ってきました。
最終日の夕方、滑り込みで。場所は有楽町の無印良品。
この「世界を変えるデザイン展」は今年の6月にもミッドタウンでやっていたのですが、
私は大学の古美術研修旅行で京都に行ったりでいろいろと忙しく、行くことができませんでした。
世界を変えるデザインとは、具体的にどういうことかというと…
世界の全人口65億人のうち、90%にあたる58億人近くは、私たちの多くにとって当たり前の製品やサービスに、まったくといっていいほど縁がない。
さらにその約半分近くは、食糧、きれいな水、雨風をしのぐ場所さえ満足に得られない。
この残りの90%の人々の生活を良くするには、何が必要なのだろうか。
「思い」だけでは、何も変わらない。お金の援助も、それだけでは不十分。
実際に人々のライフスタイルを改善する、具体的な「もの(製品)」が必要なのだ。
消費社会にあふれる「もの」とは少し異なる、世界を変えるための「もの」。
世界には、そんな「ものづくり」に取り組む人々が大勢いる。
デザイナー、エンジニア、学生、研究者、建築家、社会起業家、そして現地の人々。
彼らはグローバルに連携しながら、世界中のすべての人が食料や水、住まい、保健衛生、エネルギー、教育、などを得られるようにする方法を生み出している。
彼らは、この世界の「本当のニーズ」に目を向け、その先に夢を見ている。(シンシア・スミス著「世界を変えるデザインより)
つまり、「デザイン」と聞くとほとんどの人がおしゃれな家具や新型のipod、車などを思い浮かべますが、
そういったデザインは世界の10%にも満たない富裕層の為のデザインだ、ということです。
残り90%のためのデザインをやっているデザイナーも、まだ全体のデザイナーの10%に満たないそうですが…。
私が始めにこういったデザインがあると知ったのは、恥ずかしながら大学に入って2年も経ってからでした。
はっきり言って目が覚める思いでした。私がデザインだと思っていたデザインは何て生ぬるいのだろうと。
今回の「世界を変えるデザイン展 vol.2」とても勉強になりました。
貧困に喘ぐ国では、私たちの常識がいっさい通用しません。
日本人がよかれと思って建てた学校だって、現地の人々は解体して木材を売ったりすることもあるそうです。
だって、そうでもしなければ今日の食事すらままならないのですから。
長期的に見て子供の教育が大事だと言っても、今子供が働かなければ家族が飢え死にしてしまう。
そんな状況の人たちに、私たち豊かな日本人の感覚で何かを押し付けても、全く役に立たないのは少し考えればわかることでしょう。
ではそういった国に必要なデザインとは?
まず低価格であること。現地で生産することができるものならば、尚良いでしょう。
しかもそれを現地の人が持つことですぐにお金を稼げるようにならなければならない。
日本や先進国で求められるデザインとは、全然違います。
「世界を変えるデザイン展 vol.2」では、発展途上国で製造/使用されるプロダクトから、日本をはじめ先進国でも十分な価値を持ち、
ユニークかつデザイン性の高いプロダクト約10点が紹介されていました。(つまり無印良品におけば十分売れそうなものが揃ってました)

例えば不法投棄された廃タイヤから生まれたサンダル「Plakkies」。
工場は南アフリカのスラム街にあり、材料のタイヤはもちろん現地で回収されたもの。
タイヤは丈夫だし、現地に工場ができることでスラム街の人たちは職を得ることができる。

↑これはrag-bag
インドでは大量に捨てられたビニール袋が下水道につまり、不衛生な水がマラリアなどの原因になっている。
そのビニール袋を集めて色ごとにわけ一枚のシートにする。
それで作ったバッグがrag-bagだ。 →
rag-bagホームページ
こういったすばらしいプロダクトが10点ほど展示されていました。
どれも現地にある困った材料で、そこにいる人々に職を与え、仕事を持つことで売春や不法な手段でしか生活できなかった人々が少しでも救われていく。
デザインの力がフルに発揮され、悪循環を防ぐ手段になっているのではないでしょうか。
会場にあったものの中で、インドネシアの貧困地域で作られている竹でできたフレームの自転車、あれほしいなぁ。
竹は強度もあり成長も早く、比較的どこの国でも生息しているので材料としてはもってこいです。
確かカナダドルで100〜200だった気がします。
実は私は将来的に、こういったデザインに携わっていきたいなと思っています。
大学を出て急にそういう仕事に就くかはわかりませんが、最終的にはそうなりたいなあと。
またこういった展示があれば足を運びたいし、もっと一般人にも、さらにデザイナーにもこういうデザインがあるということを知ってほしいと思います。
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