きれいでしょーう。
今日バイトの合間に予備校の屋上にふと出たら、水槽が太陽の光を反射してこんなイリュージョンができていた。
私こういう色、大好きなんですよねー。
シャボン玉の膜の色とか、遊色って言うんですよ。
閑話休題。
今日の帰り道の電車の中で、「来たコレ」状態になりました。
私は課題を出されると、大体3、4日で何を作るか決めるんです。
例えば「椅子」とか「名前はないけど◯◯する道具〜」とか。
じゃあどんな椅子なのかとか、どんな風に使う人に◯◯させるのかとか考え出すと、大体行き詰まって、
それでも更に2日くらい四六時中悩みまくると良いアイデアがポロッと出てきます。
出てきた瞬間は奇跡のようです。見えてる世界の色も変わるくらい(笑)。
大げさでなく私は毎回そう感じます。
でも奇跡の瞬間の興奮はそう長くは続かず、今度はそれを形にして作品として作り上げていくことで興奮を保たなければなりません。
だから毎回難産なんですホント。
某アートディレクターさんのように、直感をそのままビジュアルにとか、まずムリ。そういうセンスはないのでしょうw
そしてその「来たコレ」の瞬間が今日きたわけですよ。
講評は12日なんで、もっと早く来てほしかったんですが、今回は「四六時中悩みまくる」という作業をかなり怠っていました。
デザインは思考業務だとか言ってた割にさぼってました。ぁああ〜だめなじぶん
でも2日、3日ずっと同じことについて悩み続ける、考え続けるって、結構苦痛ですよ。
ここの行程が一番つらくて、でも肝になるところだと思います。
決まっちゃってからは、徹夜しようがなんだろうが勝手に体は動いてくれます。
しかしはっきり言ってその考える行程、ホントやりたくない。
考え始める前から気が重いし、行き詰まった時何もかも放り出したくなるし。
でも考え抜いた結果、アイデアがポロッと生まれた瞬間、めちゃくちゃ爽快なんですよね。
それを作り上げて形にした時も爽快ですが。
その爽快感を味わいたいから、嫌でもやめないんだと思います。
だから考えることから逃げた課題は、私はことごとくダメダメです。
頭を使わず、手だけで作り上げたモノが講評に出てる時、私のダメな部分の結晶がそこにいるみたいに見えます。あの時の気分は最悪!
今までの経験だと、考え抜いた結果、答えが出なかったものはありません。
ちゃんと対象は答えてくれるし、ヒントは周りに落ちています。
考えたこと自体が蓄積されて、それにより新しいことに気づかされることもあると思います。
本当、私の当面の問題は、考えることから逃げることがあるってこと。
そこを直さなきゃ、次の問題も見えてこないでしょう。
今年は、どんな課題にも真摯に向き合う!
って言っても、今年の課題卒業制作しかないや…。
なんか久々に熱く語ってしまいました。おやすみなさい。
PR